スキップしてメイン コンテンツに移動

生産者と消費者の「距離」を縮めるために「外」へ出る


■生産者と消費者の「距離」を縮める


業界問わず、生産者(メーカー)という存在は消費者(飲み手、お客様)から遠く離れた位置にいる。その間には問屋⇨酒販店⇨飲食店、という流れで構成される場合が多く、通常の業務では消費者と交流する機会は非常に少ない。


上記の流れは「流通」という観点から云えば、非常に効率的で良いシステムだが、最終消費者である飲み手との距離が広がる要因の1つでもある。生産者と消費者の距離を縮めるためには、やはり生産者が消費者と直接「交流」する機会を増やすことが大事になる。





もちろん大変な部分もあるだろうが、生産者は積極的に消費者と交流するために「外」に出る必要がある。つまりは飲食店、各種イベントに参加すること。特にクラフトビール業界はニッチであるため、井の中の蛙になりやすい。仕事を18時で早めに切り上げる努力(=効率)をし、自発的に外へ出る心がけをしたい。


今月は16日のコワーキングスペース、23日のビアカフェへの訪問、29日の打ち上げなど、外へ出る機会が多くなってきた。この良い流れをこの1年で継続させていきたい。寺山修司の言葉ではないが「書を捨て、街へ出よう」の気持ちを大事に。


コメント

このブログの人気の投稿

[仕事]大胆かつ繊細に、繊細かつ大胆に

仕事は “大胆かつ繊細に、繊細かつ大胆に” やりなさい 入社以来、直属の上司から繰り返し何度も言われている言葉です。要するに「 ミスを恐れて萎縮しないようにしながら、何事にも決して慢心かつ油断せずに仕事に取り組む ことが大事である 」ということを私に伝えたかったのだと思います。 細かい部分にも目を配れる人は、言葉次第でミスを恐れず大胆に行くように指示を出せるが、細かい部分を蔑ろにする人にはいくら言葉で注意しても修正するのが難しい 、とも頻繁に言われています。よく指摘される「 細部に神が宿る 」とは正にこのことです。 これからも「 確認 」を怠らずに仕事の量と質の向上を意識して働ければと思います。

なぜ,男子はリクスー女子に萌えるのか

昨日,ある方とのランチ&カフェを楽しんだ後の帰り道, ふと 「 あること 」に気が付きTwitterでツイートをしました。 男子の多くが,リクルートスーツ女子に「萌える」理由は そこに 「非日常」を見い出すからだ。「日常」である場合, そこに「萌え」 という感情は湧かない。ある意味で,「着物」 や「浴衣」と同じな のかもしれない。 #ひとりごと 皆さんからすれば,「 君はなんてことを考えているのだ! 」 とお叱りを受けそうですが,僕はいたって真面目です(キリッ 4月に入り就職活動の選考が本格化したことにより, リクルート スーツを着た就職活動生が忙しそう に している姿を駅や学校な どで頻繁に見かけるよう なりました。 リクルートスーツに関しては,以前から「 学生の個性を消して いる 」や「 皆が同じ格好をしていて気味が悪い 」などのような 意見が盛んに言われ,常に議論の的になっているのが現状 です。(企業の中には,私服での入社式を行う場合もあるようです。) 高島屋がスーツ禁止の入社式 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120401/k10014129411000.html このような議論があるとは言え,基本的に日本の就職活動で は「リクルートスーツ」着用が義務ではなくても,暗黙の了解と して認知されているのが現状です。 しかしそんな中, 世の男子の多く(正確な数値は不明)は,リク ルート スーツを着た女子(=リクスー女子)を見て「 カワイイ 」あ るいは 「 萌え 」という感情を抱いている場合が多いです。 反対に, 世の女子の多く (正確な数値は不明)は,リクル ート スーツを着 た男子(=リクスー男子)を「カッコイイ」という 印象 を抱く場合が 多いようです。(あくまでも,個人の主観です) では,ここで皆さんと一緒に考えたい「問い」があります。 「 なぜ,多くの男子はリクスー女子に萌えるのか? 」 (皆さん,それぞれ好み(または性癖w)などはあるとは思い ます が, 一般的な傾向として理解して頂けると助かります。) 正解が何であるかは不明ですが,私自身はそこに「 非日常 」 を見い出すことが可能だからだと思います。

多忙は怠惰の隠れ蓑、という言葉について

約1ヶ月ぶりのブログ更新ではありますが、おかげ様で入社から9ヶ月が経過しました。小規模の会社に右も左も分からない新人がポンッ!と入ったもので、色々と苦労することも多いですが少しずつ前に進めていると思います。 ただし、やはり学生時代に比べて圧倒的に「忙しく」なっていることは間違いありません。学生時代のように好きな時に好きな人たちと好きなだけ会って話をすることは難しくなりました。申し訳ないと思いつつ「 仕事があるから今回の参加できない... 」という言葉を何度使っているのか?と。 そんな時にいつも思い出すのは「 多忙は怠惰の隠れ蓑のである 」という言葉なんです。忙しい、というのは良くも悪くも目の前のことに集中している訳で、ある種の満足感や達成感を味わうことが出来るものです。しかし、本当に「 大事なこと 」、さらに言うと「 なぜ? 」とか「 未来の話 」が全くできなくなってしまう性質があると思うのです。 忙しいからできない 、 忙しいからまた後で 、とか日常的に使っているワードばかりで、とても恥ずかしいです。今のことに精一杯すぎて、本当に考えなくてはならないことからどうしても目を背けてしまうようになります。つまりは、忙しい=思考停止に繋がりかねない危険信号だと思うのです。 時間はみんな平等に24時間あるわけで、要は時間配分をどうにかしてやり繰りするしか無いから、この辺りをこれから少しずつ変えていかねば。 言い訳とか怠惰はやっぱり格好わるい。